画像

テスト

広告

[剣]6段合格(2016.11.13.名古屋)

2016.11.13.(Sun)

6段昇段審査の日、前日に仕事で東京のホテルに宿泊していたため、朝5時起きで名古屋まで移動した。名古屋駅から名鉄へ乗り換え、ここで降りて良いのかな?と思いながら目的の駅の一つ前の駅で降りる防具を持った人々の後をついて行く。
 初めて6段審査を受けた時は、落ちることなど微塵も想定していなかったが、不合格。5段まではなんの疑問も感じずに一発合格、その後、複数回の受審になるなんて想像だにしていなかった。今回は5回目の審査となる。

週一回の子供相手の稽古だけで6段に受かるほど甘いものではなく、高段者に稽古つけてもらうため、平日も時間作って稽古するよう心がけた。何事も壁にぶつかった時、乗り越えることで成長できることを実感した一年だった。評価はC→B→Aと少しづつ上がってきた。

初回6段受審後、打ち勝ってはいるものの不合格が続き、2回目不合格後は何故ダメなのかも分からず、その後も受かる気がしなかった。その間、様々なアドバイスを頂き、初めて自分の剣道を見直すきっかけになったように思う。

昇段までにご指摘頂き、気を付けた点は、下記の通り

  • 下がらないこと(せっかく攻めているのに、最後の詰めが弱くて攻めきることができていなかった)
  • 打ち間に入るまでの攻めが大切: 相手が動きそうな気配を察して、相手より先に動く。自分の動きに反応した相手を見て対応する。(相手の動きそうな気配を察するまでが苦労した)
  • 審査員を背にして対峙してはダメ。よく見えるところへ自然と動いて対峙するくらいの心の余裕が必要(位置どりの問題ではなく、その前後の動き方と心構えの問題)
  • 着装も指摘: 袴の裾の長さと踝へ向けて前から後ろに少し上がるくらいの状態とする。
  • 剣先を利かせる: 剣先が少し高く、開いていると指摘される。(未だ、剣先を利かせることがよく分からないが、格下相手には下がらせることができるようになってきた。)

失敗談

  • 床が滑らず、すり足でつんのめったり、良いところがあまりなかった。試合前に足裏を汚して滑りやすくしておけばよかった。思い返すと打突後の残心が不十分だったような気もする[初回受審]
  • 打ち間に入るまでを大切にと思っているのに、相手がお構い無しに掛かり稽古のようにグイグイ入って打ってきた。今、思い返すと、こちらの攻めが不十分だからむやみに近づかれてしまったのかもしれない。入ってこられた時に、ぐっと攻め返して落ち着けばよかったのに、相手に合わせて応じて、遅れてしまったのは、失敗だった。[2回目受審時]
  • 擦り上げ面、面返し胴、大きく振りかぶって相手手元を浮かせての小手など、試合なら勝っていたはずなのに不合格。自分から崩しての打突が少なく、後の先になっていたと後から反省。[3回目受審]
  • 審査員を背にしないようにと思って動いた動きが、はたで見ていた先輩から、不用意な意味のない動きと指摘された。落ち着いて自然に動けばいいものを、慌てて右へ回った姿は、確かに滑稽だったろう。よく考えてみれば、審査員を背にする立ち位置になること自体が、打突後に真っ直ぐ抜けていないか、無駄に左右へ回って対峙しているわけで、よろしくないことなのだと気がつく。[4回目受審時]

さて、合格時の審査立ち会い

第1試合

蹲踞から立ち上がり僅かに前に出て発声。ジリジリ前に(1-2mm程度)詰めるが相手は動かない。少し大きめ(5cm程度)に間を詰めた時、相手が面に出てきたので、面からの擦り上げ面を打つ。見事に決まる。自分としては、上から乗って打ちたかったが、これが今後の課題。

二合目、少しだけ審査員に対して斜めだったので、それとなく位置取りを修正しつつ対峙。相面は、少し軽かったか?タイミング的には技の起こりを捉えたと思う。その後は、あまり覚えていないが、無駄打ちをしないように心がけていた。

第2試合

一合目、とにかく先に動くことを意識。1mmづつ詰める気持ちで対峙。相手が少し揺れた感じがしたので面に飛び込むが、竹刀で受け止められる。

二合目もしくは三合目、よくは覚えていないが、どこかの段階で綺麗に相面が決まる。しかし、最後の方は決めきれない打ちも出てしまい、無駄打ちがあったこと反省。

自分を中心に相手が動きまわり、場を制していたのは自分にあったと感じている。しかし、最後に無駄打ちがあったことから、終わった直後に合格の自信はなかった。

発表。無事、日本剣道形の審査へ

[観] ベネズエラの天才指揮者 グスターボ・ドゥダメル

via huffingtonpost
http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/05/dudamel-mambo_n_5450064.html

1981年に南米ベネズエラで生まれ、貧困層の子供たちから希望者を募り、無料で楽器を与えて、音楽教育を広く開放するプロジェクト「エル・システマ」による音楽教育を受けた天才指揮者、グスターボ・ドゥダメルが楽しそうに指揮しています。

こんなに楽しそうな南米の香りたっぷりのオーケストラは、みたこことがありません。

[読] 天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある

東大法学部在学中に司法試験に合格し、東大を首席で卒業、財務省を経て弁護士になった才女が語る「効率的に努力を続ける方法論」の本です。

何度も宣伝を見かけるうちに、徐々に目を通してみたくなり、
別の書籍を注文するときに思わず購入してしまった一冊です。

著者は、「よく頑張るね」と言われることが好きでなかったと告白しますが、最後には、努力で成果を得ることに大きな価値を見出し、目標に向けて努力する素晴らしさを肯定的に捉え、夢を努力によってかなえてきた自分を誇らしく思います。

著者は次のように語ります。

努力することは、反復・継続することです。
重要なことは、何を反復・継続するかを見付け出すこと。

努力は不得意分野へ向けるのではなく、得意分野へ向けて努力するのが良い
人生を成功に導くには、上位三分の一に入ることを目指す

入試のトップ合格は一人しかいないが、首席卒業は上位三分の一に入っていれば良いのだそうです。

「努力の小さな積み重ねが道を開く」と著者は語りますが、そのことをわかっていてもなかなか実行できないのが、凡人です。では、どうすれば良いのか。
努力のために必要なことを語ってくれています。

◼️努力を始めるための方法論

教本は手当たり次第に買わず、じっくり一冊を決めて徹底して学習する。

読書は理解するより何度も読み直す。ページをめくるのが重要。
一つの大きな成功よりも多くの小さな成功を積み重ねる

楽なもの8割、努力が必要なもの2割が反復作業の黄金比
パソコンのログインパスワードを努力目標のキーワードにする
努力を注ぎ込む優先順位をつけておく

「情報は一冊のノートにまとめなさい」と言う書籍が流行ったことがありました。なるほど、いろいろなものに手を出してしまうよりも、一箇所に全てのリソースがまとまっていることは、労力の浪費を減らし、効率良く物事に取り組むために大切なことなのかもしれません。

◼️努力を続けるための方法論

著者は、ハードルは「ほんの少し飛び越えられる」レベルに設定し、努力する際は、具体的な量の数字を目標とするようにときます。努力の対象は一つに絞ることが大切で、一度にあれもこれもやろうとすると続かないのです。

子供が勉強している時に、「姿勢が悪い!」と怒る両親もいらっしゃるかもしれません。しかし、姿勢を正すことに気を取られて勉強に集中できなくなったり、ただでさえストレスの多い勉強に負担が増えて勉強から遠ざかったりするのはもったいないことだと思います。 p148

ありゃりゃりゃ、子供達と接する時の自分の態度を反省です。
タスク管理の書籍などでも、to doリストをとにかく上から順番に片付け、途中で入った追加仕事は後ろへ回して、現在の作業を邪魔しないようにすることが大切だととかれています。

一つ一つのタスクをやり切ることが大切なのだと改めて感じます。
剣道でも、全てを捨て切って、打ち切る打突が求められます。
決めたことを「やり切る」ことこそ、努力を続ける秘訣なのでしょう。

◼️ 努力を完遂するための方法論

とりあえず早起きしてみる
思考力を使う作業は朝の方が向いている。
時間の限られた朝こそチャンス

場所を変え、疲れる前に移動し、集中タイムを捻出する。
目が疲れてきたら、今度は耳を使う作業に切り替える

道具は「ひとつ」にこだわること。
一つの消耗品にこだわり、徹底して使い、減らしていく。
そうやって、努力の「見える化」をはかる。

なるほど、一つの鉛筆が減って行く様子が努力の現れとして目に見えると、がんばった感がありますね。

努力を続けられない人は、ここで挙げた筆記用具(ボールペンなど中身のインクの減る様子がわかるもの)やメモ帳をたくさん持っていて同時に幾つも使っていると言う特徴があります。たくさん持っていると使い切ることもなかなかできませんから減る実感が湧きません。そのため、努力を完遂させることなく途中で諦めてしまいます。

著者は、努力の見える化において、数字の単位を変えて、努力の結果を実感しやすくすることも努力完遂のコツだとときます。
例:「タウリン1g配合」よりも「タウリン1000mg配合」の方が価値を感じるのと同様、毎朝5ページ読むと決めるより、毎朝3200文字(1ページ640文字として5ページ分)読むとした方が同じことをやっても努力が見えやすくなる。

あえて一つの抜け道を作ることで、他の抜け道を許さない。
毎晩1分間、同じことをやる
(日記の5分はしんどくても、1分間の自分と向き合う時間を)

思い描く「理想像」は、明日の自分

平易な言葉で書かれているのであった言う間に読み終わりましたが、結局のところ、いかに目的意識が高いか、いかにその努力に向ける対象が、その人にあっているかがじゅうようなのだろうと感じます。

子供に努力を継続できることを探して取り組みなさいと言っている自分に気がつきました。「好きこそ物の上手なれ」と言いますが、勉強であれ、スポーツであれ、懸命に取り組むべき対象を定めることが、努力のハードルを下げることなのだと思います。

「懸命に取り組むべき対象を定める」

このことを人生の早い時期から設定し、努力を続けられた人が「天才」と言われるようになるのかもしれません。

[観] 映画:おとなのけんか

タグ

スクリーンショット_おとなのけんか

おとなのけんか

トニー賞演劇部門で作品賞、演出賞、主演女優賞を受賞した舞台劇を、『戦場のピアニスト』のロマン・ポランスキー監督が映画化。ジョディ・フォスターとジョン・C・ライリー、ケイト・ウィンスレットとクリストフ・ワルツが2組の夫婦を演じている。

NYのブルックリンにて、11歳の子供同士のけんかの後始末をつけることになった二組の夫婦。なごやかに始まった話し合いは、無事に終わるかに思えたが、次第に緊迫した雰囲気に。そのうち、家同士のバトルになったかと思えば、今度は夫婦間の問題も噴出し、事態は収集不能の修羅場へと移り行く。傑作舞台劇をアカデミー賞スタッフ、キャストが映画化した作品。すさまじい舌戦、台詞の応酬に呆気にとられて大笑いするおとなのコメディー。

→公式サイト: http://www.otonanokenka.jp/site/

Wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/おとなのけんか

吉本の舞台劇を映画にしたらどうなるのだろうか。部屋の中だけでストーリーは進み、冒頭の子供が木の棒で別の子供を殴るシーンと、ラストの公園のシーン以外は、登場人物も4人だけ。何も映画にせずともよさそうなものだが、舞台劇と思ってみると実に面白かった。

一度は帰り支度をしてエレベータホールに行くが、別れ際に我慢していた気持ちを我慢しきれず、余分な一言がけんかを蒸し返し、

妻と妻がけんかをしたと思ったら、こんどは妻と夫の夫婦間のけんかに代わり、

男同士共感したかと思ったら、会話が電話で中断され、また家族のけんかに逆戻り。

大人気ない「おとなのけんか」は、いつ終わるのやら。。。

終わりのシーンがなんとなくあっけない気がしたけど、夫婦間の溝=男女の溝として捕らえると、なかなか含蓄のある会話がちりばめられている。夫婦と家族の微妙な関係を垣間見せるあたりに、年齢・経験をつんだ大人にしかわからない魅力を秘めた映画であった。